前回は「空間の「最も大事な要素を抽出した」コンセプトドローイング〜コンセプト一目で表現・リアルなパースとの比較〜」の話でした。
建築デザインと子どもたちの教育:子どもたちが最も長時間過ごす自宅

私たちは、個人邸や集合住宅の設計において、子どもたちの教育に資する空間づくりを目指しています。
幼稚園や学校など、教育にダイレクトに直結する建築において、子どもたちの教育に配慮することは、設計者として当然の姿勢ですが、子どもたちが最も多くの時間を過ごすのは学校ではなく自宅・家です。
そのため、自宅や家において、子どもたちがスクスク育ちながら、本質的学びを深めることが出来る空間をつくることは重要な視点と考えます。
Yoshitaka Uchino小さなお子様がいらっしゃるご家庭では、
のびのびと「学びの力」を身につけて欲しいです。
熊本の家において、建主の要望もあり、床から天井までの本棚を造作家具でつくり、建築空間と一体化した話を上記リンクでご紹介しています。
教育システムのデザインと私たちの教育理念:「郷中教育」から得るヒント


私たちは、建築空間を創造するプロセスとは別に、デザインの発想から教育システムの開発を進めております。、
複数の教育方法・教育システムの開発を行っており、この度、教育システムで特許を取得しました。
今回は、弊社の新機軸の教育システム開発に取り組むにあたり、基本的理念をご紹介したいと考えます。
従来から、学校教育に関して様々な議論があり、学校教育は時代に応じて様々に変化しています。教育とは、児童、生徒又は学生たちが幼稚園、小学校、中学校、高校、高等専門学校において教えられて育まれながら成長してゆき、大学および大学院において専門分野などを教授されながら、成長してゆくことを意味します。
我が国の教育においては、テスト又は試験の点数、偏差値が大きな存在となっており、点数化されることによって、児童、生徒、学生たちは評価されることが多いです。そして、我が国においては、教育と受験は不可分の関係にある、と表現しても良い状況にあると考えます。
親が子どもに、あるいは教員や教育者が生徒に期待することは、幅広い教養や知識を身につけて自ら考える力を養い、一定の年齢となった時に、社会人として世に羽ばたいてゆくことです。そのためには、中学受験、高校受験、大学受験のうち少なくとも一つを避けて通ることは難しい状況であり、児童、生徒、学生たちは、日々テスト又は試験の点数を上げることに邁進せざるを得ない状況が多くなっていると考えます。
中学受験から大学受験において、主として筆記試験によって合否が決まる教育システムの中、児童、生徒、学生たちが、テスト又は試験の点数を上げるために勉強しているような状況となっており、本来の「学ぶこと」の意図からずれる状況になりかねない状況が続いていると考えます。
近年、我が国の大学受験などにおいて、OA入試など様々な入学選抜方法が試みられているが、筆記試験中心の状況は変わっていない。テスト又は試験の点数を上げるために、児童、生徒、学生たちが切磋琢磨することは良い面もあります。例えば、数学や物理などは、試験によって客観的に学力を測ることは、本人の理解力を試すために最適である面がある。そして、点数を上げるために懸命に学習し、学生たちが学力を磨くことは良い効果もあると考えます。
その反面、テスト又は試験の点数を上げることを中心に据える教育、学習方法には、学生や児童の学びの力を育成する視点から考えると限界があると考えます。その理由は、「答えが決まっている設問に対して、限られた時間内で如何に多く正答を得るか」がテスト又は試験の主題であるからです。
我が国における大学受験は筆記試験中心であり、一部の中学や高校では、大学受験の合格実績を重視する傾向があります。そのため、中学や高校の学校教育では、テスト又は試験の点数を重視する教育が多い傾向があります。そして、テスト又は試験の点数重視の教育が、小学生を対象とする中学受験、中学生を対象とする高校受験にも波及しています。その結果、我が国の学校教育全体において、テスト又は試験の点数を上げることが中心となる傾向が続いていると考えます。
この教育界全体の傾向に対して、自由に、そして幅広く学ぶことが出来る教育環境を整備している学校、又は教育機関もあります。偏差値や合格者数などの数値が強い存在感を持っている受験を控える学生や子どもに対して、学校や教育機関は「本来あるべき教育」を模索し続けていると考えられます。
従来から、我が国の教育は、画一的であるという批判がなされることが多いです。我が国の教育制度および学校制度は、明治初期に定められた学制に端を発します。今日に至るまで学生又は学校制度は様々改められたが、当初の学制から画一的教育を目指してきた我が国において、より幅広い本質的教育が求められていると考えます。
生成AIなどのコンピュータの機能が飛躍的に発展する中、多様性が高い教育を行っている国々においても、児童、生徒、学生がさらに幅広く学んで成長する本質的な教育が求められています。
我が国においては、江戸時代末期まで欧米諸国のような確固とした教育制度又は学校制度は存在せず、それぞれの藩校、私塾、寺子屋などによって、多様な教育がなされていました。文部科学省による学習指導要領等が存在しなかった当時、藩校、私塾、寺子屋などにおいて画一的ではない様々な教育がなされてきた。薩摩藩では郷中教育という特殊な教育手法がとられ、有名な私塾では、松下村塾や適塾などがありました。
郷中教育では、二才と呼ばれる概ね14歳頃の元服以降の若者と、稚児と呼ばれる概ね7才頃から14才頃までの児童に分かれていました。郷中教育は、二才と稚児による自治の教育方法であり、7才前後の児童から20歳前後の異なる年齢の若者が集まる多様な教育集団でした。
郷中教育は、主に二才が稚児を学問や武芸を教授し、お互いが切磋琢磨して成長した点に大きな特徴がある。郷中教育によって、幅広く、深い学力を身につけた人物たちが多数活躍した。著名な郷中教育出身者に西郷隆盛、大久保利通、大山巌、東郷平八郎などがいます。
「時代遅れ」というよりも「全く現代にそぐわない」と考えられる可能性がある、旧薩摩藩の「郷中教育」。
実は、私たちは、「郷中教育」に現代の教育において大いなるヒントが多数あると考えております。
そして、「郷中教育」から生まれた多数の歴史的人物は、西郷隆盛、大久保利通、大山巌、東郷平八郎に加え、西郷従道、樺山資紀、野津道貫など多数の人物が綺羅星のごとくいます。
「郷中教育」などからヒントを学び、私たちは新たな本質的教育を子どもたちに教授することが出来る教育システムの開発に取り組んでおります。


別サイト「新教育紀行」では、子どもたちの本質的教育から、中学受験〜大学受験に関する話をご紹介しています。
デザインの発想から、新機軸の教育を提示したいと考えています。


