岐阜城訪問記|建築設計と歴史

前回は「とっても美味しい熊野のみかん」の話でした。

建築家は、皆旅が好きです。

旅自体が好きな方も多いですし、好きな建築家の作品を訪れることは、非常に大きな楽しみです。

そして同時に、大きな学びになります。

ミコノス島

僕も旅は大好きで、学生時代から一人旅や友人と一緒に旅行に行きました。

建築も大好きですが、
僕は歴史も大好きです。

建築を訪れる旅の合間に、歴史にかかわる様々な建物や旧跡を訪れるのが好きです。

国内外、
いろいろな所を訪問しました。

万里の長城

昔から織田信長が好きなので、長年岐阜城へ行きたいと思っていました。

学生時代は京都・大阪にばかり行ってしまい、新幹線でいつも岐阜は通過です。

「そろそろ岐阜城近くだな」と思いつつ、ついつい行かずにいました。

そして、

そろそろ本気で
岐阜城へは行こう!

と思って、いよいよ岐阜・名古屋を旅したのは、社会人になってからでした。

織田信長像(岐阜駅前)

岐阜駅を降りると、昔の街の骨格が残っている街並が広がります。

駅前には「黄金の信長像」が鎮座しています。

これほど金ピカで高い位置にある銅像は、
日本国内では珍しいですね。

街中には、非常に古い古民家のような貴重な建物も残っています。

岐阜城

そして、司馬遼太郎の「国盗り物語」の大舞台でもあった「織田信長 斎藤道三ゆかりの岐阜城」と看板に出会います。

「あー、やっときた!」
と気分が高揚します。

岐阜城

石段を登って天主閣へ向かいます。

天主閣は天守閣とも書きますが、戦国時代に南蛮文化の影響も受けて、急速に発展した城郭建築の形式です。

有名な武田信玄などは、天守閣を持つ城は作りませんでした。

「人は石垣・・・」と城よりも武将を大事にしたのです。

また、岐阜城や後の安土城のような「豪華な城を作る経済力」が、織田家にはあったのです。

天守閣からの眺めは、またの機会にご紹介します。

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