前回は「典雅な木造建築の文武学校〜江戸時代の高等教育藩校の空間・地面から僅かに切り離されて力強く建築を支える太い土台〜」の話でした。
簡素ながら優雅な木造建築の文武学校:藩の最高学府の木造美

現代のように、小学校から中学校は義務教育、そして高校、大学、大学院へと続く学制がなかった江戸時代。
江戸時代は、日本全国に300程の藩があり、藩の盟主として徳川幕府・徳川将軍が存在していました。
現在に至るまで、天皇はずっといましたが、江戸時代においては天皇には実権がありませんでした。
そして、各藩は、現在の「国」のように全く違う統治機構をもっていました。
当時の教育体制には、寺子屋・私塾・藩校があり、さらに徳川幕府は蕃書調所・講武所などを持っていました。
蕃書調所は、現在の東京大学の源流の一つです。
寺子屋・私塾・藩校の中では、藩校が「各藩の最高学府」という存在であったと考えます。

簡素ながら優雅な木造建築を現在に残しているのは、信州松代藩の文武学校です。

これらの木造建築は、ある程度手を入れたり、改修していると思われます。
畳は綺麗で、張り替えていますが、軸組や障子はずいぶん古めかしいです。
これらの障子などは、江戸時代のものかは不明ですが、実に味わい深い素材感を出しています。
個性的な「ほぼ元の木の形のまま」の梁:暗めの空間の不思議な奥行き感

続いて、弓技場に向かいました。
手前側が弓技場の建築で、かなり光が制限されているのが分かります。
外部に向かって弓を放ち、武芸を鍛錬した弓技場。

手前側が暗いため、外部の空間がより鮮やかに感じられます。
自然光が少ない内部空間には、不思議な奥行き感があります。
これらの建築空間の工夫は、弓の修行のために練り上げられたデザインかもしれません。

文武学校を支える木造軸組は、現在とだいぶ異なります。
現在は、特殊なデザインを除き、きちんと直方体に整形された柱や梁を用います。

柱も梁も、綺麗に製材されて、角は全て綺麗な直角で、表面はツルツルである木造建築が多い現在。
江戸時代は、現在のような機械もなく、上の文武学校のように「木の形状そのままの梁」を用いていました。
梁に対して、柱は比較的直方体に製材されることが多いですが、梁は少し削って、形状を整えるのみです。
これらの梁は、それぞれが個性があって、実に深みがあると考えます。
グリッドのデザインでは、柱も梁もきちんとした直方体であることが望ましいです。
その一方で、グリッドの要素が少ない木造建築では、このように「個性的な梁」の方が良いと考えます。
不思議な奥行き感がある、長野県の文武学校。
ぜひ、松代市周辺訪問の際には、文武学校を訪れて見てください。
